東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)69号 判決
事実及び理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件登録実用新案の要旨と本件出願前公知の刊行物であること当事者間に争いのない第一引例とを比較すると、両者は、本件審決の指摘する(a)、(b)及び(c)の三点において相違すること(他の点は相違しない。)は、原告の認めて争わないところである。しかして、右(a)の点につき、木件審決は、取付部を備えることは第二引用例及び第三引用例により公知であり、溶接は周知慣用の取付手段であるから、(a)の点は、全体として公知のことから容易に考えうることである、としていることは、当事者間に争いのない本件審決理由の要点に徴し明らかであるが、この点に関する本件審決の判断は、誤認した事実を前提とするものであり、誤つたものといわざるをえない。すなわち、メタルラスの如き網材を取付部をもつて本体に取り付けることは第二引用例及び第三引用例により本件登録実用新案の出願前公知であること及び溶接が周知慣用の取付手段であることは、いずれも原告の争わないところであるが、これらの事実から、本件登録実用新案におけるように、鋼管の内壁の管胴鋼板にメタルラスの如き網材を溶接の如き取付部により取り付けることが、当業者のきわめて容易に推考できると断ずることは、本件登録実用新案における溶接の如き取付手段による取付部の形成が鋼管の内部においてその内壁に対して行なわれるものであること及びこれにより後に説示するような作用効果を奏するものであることを看過誤認したものといわざるをえない。けだし、本件登録実用新案が成立に争いのない甲第二号証により明らかなように、鋼管の管胴鋼板の内壁にメタルラスの如き網材を取り付けるものである事実を考慮すれば、その取付手段としての溶接等は、当然に鋼管内部における取付手段として周知慣用でなければならない筋合であるところ、甲第五第六号証はもち論、本件に現われたすべての証拠によつても、本件登録実用新案の出願当時、このような限定された取付手段として溶接が公知慣用のものであつたことを肯認することはできないからである。しかも、前掲甲第二号証及び本件弁論の全趣旨に徴すれば、本件登録実用新案は、鋼管の内壁にメタルラスの如き網材を溶接の如き取付部をもつて取り付けることにより、他の構成要件と相まち、原告が本訴請求原因の項(四)において主張する作用効果を期待しうるのであり、これを左右するに足る証拠はないのであるから、本件審決は、結局、本件登録実用新案における鋼管内壁にメタルラスの如き網材を溶接の如き取付部によつて取り付けたという構造のもつ技術的意味を看過誤認し、これを前提として、本件登録実用新案をもつて第一ないし第三の各引用例に示された技術及び公知慣用の取付手段である溶接から当業者のきわめて容易に推考しうる程度のものであるという誤つた判断を導くに至つたものといわざるをえない。
(むすび)
三 以上詳細説示したとおりであるから、本件審決は、進んで爾余の点について判断を用いるまでもなく、失当なものというべく、したがつて、前記の点に判断を誤つた違法があるとしてこの取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容する。
〔編註その一〕本件における当事者の主張は左のとおりである。
請求原因
原告訴訟代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
被告は、昭和三八年六月一九日、原告の有する実用新案登録第五二二、二五〇号「塗装鋼管」の登録実用新案(昭和三三年三月二七日出願、昭和三五年一〇月二五日設定登録)につき登録無効の審判を請求し、昭和三八年審判第二、五六六号事件として審理されたところ、昭和四五年五月三〇日、右実用新案登録を無効とする旨の審決があり、その謄本は、同年六月二七日原告に送達された。
二 本件登録実用新案の要旨
管胴鋼板1にメタルラスの如き網材2を溶接の如き取付部4をもつて取り付け、これにコールタールエナメルの如き塗装3を形成して成る塗装鋼管の構造(別紙図面参照)。
三 本件審決理由の要点
本件登録実用新案の要旨は前項記載のとおり認められるところ、その登録出願前公知の刊行物である実公昭二九―六一六五号公報(以下「第一引用例」という。)には「鉄管のセメントライニング」が、実公昭三二―一八五五号公報(以下「第二引用例」という。)には「モルタル床用金属骨材」が、昭和一五年実用新案出願公告第一六四〇四号公報(以下「第三引用例」という。)には「モルタル塗壁」がそれぞれ記載されており、本件登録実用新案を前記第一引用例のものと比較すると、(a)本件登録実用新案においては溶接の如き取付部を備えているのに対し、第一引用例においてはこれを欠く点、(b)網材は、本件考案においてはメタルラスであるのに対し、第一引用例においては編み鉄線である点、(c)塗着層は、本件登録実用新案においてはコールタールエナメルであるのに対し、第一引用例においてはセメントライニングである点に相違が認められる。この相違点について検討すると、(a)については、取付部を備えることは第二引用例および第三引用例に記載されているように公知であり(第二引用例における掛止爪および第三引用例におけるステープルが本件登録実用新案の取付部に該当する。)、本件登録実用新案ではその取付部に対して「溶接の如き」という限定が付されているが、溶接は周知慣用の取付手段であり、溶接を採用したことに基づく格別の効果は説明書中に何等記載されておらず、かつ、これを認めることもできないので、溶接を採用することは当業者が必要に応じてきわめて容易に推考できるものと認められ、結局(a)の点は全体として公知のことから容易に考えられるものと認める。(b)については、網材としてメタルラスを用いたものは、第二引用例に記載されているので、編み鉄線の代わりにメタルラスを用いることは単なる設計変更に過ぎないものと認められ、また、(c)については、コールタールエナメルを用いたことに基づく格別の効果は説明書中に何等記載されておらず、かつ、これを認めることはできないので、セメントの代わりにコールタールエナメルを用いることは、単なる材料の変換にすぎないものと認められる。なお、全体としてみても、本件登録実用新案は、前記のそれぞれの公知の技術的事項からきわめて容易に推考できるものと認められる。したがつて、本件登録実用新案は、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第一条の規定に違反して登録されたのであるから、実用新案法施行法第二六条第一項の規定により、なおその効力を有する旧実用新案法第一六条第一項第一号の規定により、その実用新案登録を無効とすべきものである。
(本件審決を取り消すべき事由)
四 本件審決は、次の点において判断を誤つた違法のものであり、取り消されるべきである。すなわち、本件登録実用新案の要旨、第一引用例ないし第三引用例(いずれも本件登録出願前公知の刊行物)に、それぞれ本件審決認定のとおりの記載があること、および本件登録実用新案と第一引用例記載のものとの相違点が本件審決の指摘する(a)、(b)、(c)の三点にあることは認めるが、本件審決が、(a)の点は公知の技術から容易に考えられるものであり、(b)の点は単なる設計変更であり、(c)の点は単なる材料変換にすぎず、本件登録実用新案は、全体としてみても、公知の技術的事項からきわめて容易に推考できるものであると判断したのは誤りである。すなわち、
(一)(a)の点について
本件審決は、網材を本体に取付部をもつて取り付けることは第二引用例及び第三引用例により本件出願前公知であり、また、溶接は周知慣用の取付手段であるため、これを採用することは当業者のきわめて容易に推考できるものであるから、本件登録実用新案において、メタルラスの如き網材を「溶接の如き取付部4をもつて取り付けることは、結局、公知のことから容易に推考できることである。」としている。右各引用例に網材を取付部(第二引用例における掛止爪、第三引用例におけるステープルが本件登録実用新案の取付部に相当することは認める。)をもつて取り付けることが示されていることおよび溶接が周知慣用の技術手段であることは、原告において争わないが、第二引用例に示されたものはモルタル床用の金属骨材の取付に関するものであり、第三引用例に示されたものはモルタル塗壁における網材の取付に関するものであり、いずれも外部に現われた平らな面に関するものであるに対し、本件登録実用新案の場合は外部に現われない、しかも湾曲した、通常の方法では触れることができない管の内壁に取り付けるのであり、このような網材の取付は、前記各引用例には示されていないのであるから、これをもつて本件出願前公知ということはできない。また、本件審決は、「溶接を採用したことに基づく格別の効果は説明書中に何ら記載されておらず、かつ、これを認めることもできない」としているが、この判断は当たらない。すなわち、本件の説明書には、「網材(メタルラス)2が溶接等によつて鋼板1に取り付けられていることと相まつてその剥離を完全に防止しうるものである。」旨記載されているが、この記載は、溶接によつて網材が鋼板に点的に固着し、コールタールエナメルライニングが直接に鋼板に対して固着関係を確保することを示すものであり、これにより剥離を完全に防止するという効果が説明書に示されているのである。また、溶接は、各引用例の取付手段に比し、技術常識よりしても、特別の部材を必要とせず、鋼板内面から突出することもないから、薄層のコールタールエナメル塗装を形成する場合に格別の作用効果を有することは明白である。以上のとおり、本件登録実用新案は、塗装が剥離亀裂しないようにするために、管の内壁という従来網材を取り付けることは考えられていなかつた場所に網材を溶接の如き取付部をもつて取り付けることを考案し、その結果他の要件と相まつて、のちに述べるような優れた効果を得ることができるに至つたのであるから、「取り付ける」ことが公知であり、溶接が慣用手段であるからといつて、このことから、管の内壁に溶接の如き取付部をもつて取り付けることが容易に推考できるとする判断は、誤りである。
(二)(b)の点について
本件審決は、第二引用例にラスを用いることが記載されているから、編み鉄線の代わりにメタルラスを用いることは、第一引用例の単なる設計変更にすぎない、としているが、この判断は誤りである。本件登録実用新案におけるメタルラスの網材は、これを管内壁に塗装が確実に保持接着されることを目的としているのであるから、芯自体としての強度は必要ではなく、むしろ柔軟性に富み、管壁に応じて内接するものが望ましい。すなわち、メタルラスはシート状に作成されたものであり、これを適当に丸めて管内に挿入するのであるが、この挿入されたメタルラスは、それなりの復元作用を有し、その全体がほぼ管内壁に密着するような作用を有し、このことは、比較的薄層のコールタールエナメルのライニングにおいて、はなはだ有利であるに対し、第一引用例のものは籠状の編み鉄線であり、このものには復元力はなく、引用例の第一図に示されているように、鉄管内面から十分な間隔を保つて保持されるものである。また、第一引用例のものにおいて芯材をメタルラスで代用することはできず、本件登録実用新案において籠状の編み鉄線では代用することはできない。以上のとおりであるから、第二引用例にモルタルの芯材にメタルラスを用いることが記載されているからといつて、本件実用新案においてラス材等を用いることが第一引用例の単なる設計変更ということにはならない。
(三)(c)の点について
本件審決は、第一引用例のセメントの代わりにコールタールエナメルを用いることは、これを用いることによる格別の効果が説明書中に記載なく、かつ、これを認めることができないから、単なる材料の変換にすぎない、としているが説明書に記載がなくても、その効果は、技術常識から明白なところであるから(たとえば、薄層で防蝕目的を達しうべく、したがつて、管内流量をほとんど減じない。)、本件審決が漫然その効果を認めえないとして、単なる材料変更と判断したのは誤りである。
(四) 仮に、右(a)、(b)、(c)の相違点が、公知あるいは公知の事項から容易に考えられるものであるとしても、本件登録実用新案は、これらを結合して、前記のとおりの構成をとつたことにより、各引用例にない特殊の作用効果を奏するのであるから、本件審決が、本件登録実用新案は、全体としてみても、各引用例に示された公知の技術的事項から、きわめて容易に推考できるものである、としたことは誤りである。すなわち、本件登録実用新案は、従来の鋼管のエナメルライニングの改良に関するものである。鋼管のライニングには、セメントモルタルを用いる場合とコールタールエナメルを用いる場合とがあるが、セメントモルタルの場合には、鋼管の内側にセメントによる内管を設けた構造となり、そのために管の内径が狭められ、また、重量が増す欠点があつた。コールタールエナメルの場合は、内壁に塗装するだけなので、このような欠点がない反面、内壁への附着力が弱いという欠点があつた。そして、従来は、管胴鋼板にプライマーを形成して、これにエナメル塗装をする方法がとられていたが、従来のエナメルライニングの場合には、塗装材の材質および施工条件によつてライニングの附着性が影響され、また、管が変形し易い薄肉管あるいは大径管については、塗着層が管壁より剥離し易い欠点があつた。本件登録実用新案においては、メタルラスの如き伸縮性のある網材を管内壁に溶接の如き取付部をもつて取り付け、その上から塗装することにより、この欠点を除いたものである。本件登録実用新案においては、網材は取付部においては管壁に接着し、その他の部分については管壁から浮いた状態となるため、この上から塗装すると、網材は浮いている部分では塗着層の内部に入り込み、取付部においては管壁に接着して、管壁に塗装が確実に保持接着される。そして、塗装は、網材の網目に応じて小分割され、温度変化等に伴う膨脹収縮を制御することになるから、塗装の亀裂等を防止し、仮に亀裂が生じても、これを小範囲に止め、網材が管壁に取り付けられていることと相まつて、その剥離を完全に防止する。また、網材は塗装自体の補強となるため、管の変形にも順応でき、温度上昇によつて塗装面が軟化したような場合においても接着状態を保持するという優れた作用効果を有するのである。また、本件登録実用新案のような網材を用いると、塗装面を厚くすることができ、事実、直接にエナメルライニングをするときは、塗装面の厚さは三ミリ程度に止まるに対し、本件登録実用新案にあつては、七ミリ程度の厚さに塗布することができ、それだけライニングの効果を増すことができる。この点第一引用例のセメントライニングにおける籠状の編み鉄線は、その説明書添付図面から明らかなように、セメントライニングの中心に位置し、丁度鉄筋コンクリートにおける鉄筋の役目を果たしており、この作用効果は、主として、運搬中における振動その他の外力によりクラツクが入ることを防止するにあり、本件登録実用新案における網材のように、管壁に塗装面を保持接着せしめ、これに伴い前記のような作用効果を生ずるということもないのである。もつとも、本件審決は、第二引用例および第三引用例を挙げて、ラスを取り付けることは公知であるとしているが、第二引用例は、モルタル床の骨材に関するものであり、本件登録実用新案のように、管の内壁の塗装面を保持接着する場合に応用しうる技術ではなく、また、第三引用例も、モルタル塗装におけるラス材の取付に関する考案であり、本件登録実用新案の対象である鋼管のライニングについて応用しうる技術ではない。これを要するに、本件登録実用新案は、コールタールエナメルの如きエナメルライニングを施す鋼管においてメタルラスの如き網材を管の内壁に溶接の如き取付部をもつて取り付け、その上から塗装を施すという構成をとることによりエナメルライニングを管内壁に密着保持せしめ、強固確実なものにするという各引用例にはない優れた作用効果を挙げるものであり、全体として、公知の技術事項からきわめて容易に推考できるものとした本件審決の判断は誤りである。
被告の答弁
被告訴訟代理人は、請求原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の事実中本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨、本件審決理由の要点および各引用例の記載内容がいずれも原告主張のとおりであることは認めるがその余は争う。本件審決の判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。すなわち、まず、(a)の点についてみれば、鉄管のセメントライニング中に籠状に編んだ編み鉄線を埋設することが第一引用例に記載され、また、たとえ外部に現われた平面部分に網材を取り付けることにしても、網材を該平面部分に固定した方が塗装材と該平面部分との緊着を完全にし、塗装材の亀裂を生ずるのを完全に防止し、該平面部分より塗装材の剥離を防止する効果のあることが第二引用例により公知であるから、第一引用例の編み鉄線を鉄管内面に固定することは、当業者が容易に企図することであり、さらに金属の固着に溶接が最も適切で一般普通に使用されている手段であるから、本件登録実用新案のように、網材を溶接の如き取付部をもつて取り付けることは、当業者が何らの工夫を要せず、まず最初に企図することで、そこには実用新案として登録に値する考案は存しない。(b)の点について、原告は、特にメタルラスを用いた点を強調するが、本件登録実用新案はメタルラスに限定されたものではなく、鉄線を編んだ網材でもよく、また、その形状を問うものでもないから、メタルラスを用いたことを、前提とする原告の主張は理由がない。(c)の点に関し原告は、本件登録実用新案がコールタールエナメル塗装又はエナメル塗装である場合の効果を挙げて本件審決の認定を非難するが、本件登録実用新案は、これに限るものではなく、セメント塗装をも包含するのであるから、原告の非難は当たらない。また、原告は、本件登録実用新案は全体構造において優れていると強調するが、本件登録実用新案の作用効果として挙げられるものは、第一引用例のライニングも一応具備するものであり、ただ、本件登録実用新案の方が網材が管内に固定されているため、これらの効果において幾分上回つているにすぎない。
〔編註その二〕本件に関する図面は左のとおりである。
別紙
<省略>